来 歴

幻の人


彼はだぶだぶの洋服を着て歩いている
釦をかけたりはずしたり
袖をたたんだりのばしたりする仕事が
やつと彼の身体に立たせているのだが
手が短すぎたり足が邪魔だつたりして
しまいには裾をひきずつたまま歩いてしまうのだ
だからもう何年も前から
未来から現代にまたがつて生きていることが
彼にとつてはちようど
右足を前に出すと
左足が後ろに残るといつたぐあいに
きわめて安易な奇蹟なのだ
彼は決して後をふりむかない
むこうをむいて少し肩を下げて
生きることをややもてあましぎみだ
それもそのはず
もうすぐ彼はこの世から出て行くのだから
彼の右足に彼の名前がついているのは
それまでのことだ
こうしている今でもあそこで
彼は背中を見せて歩いている
彼のむこうにある未来には
どんな風が吹いているのだ
うすい肩の上にも彼の悲哀のように
白い埃がいつぱい舞つている

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